田君(現 :浙江海洋大学)を筆頭著者とする、Daphnia cf. pulex (和名ミジンコ)を用いた競争仮説を検証する論文が出版されました。

Tian, X., H. Ohtsuki, J. Urabe (2002) Competitive consequences determined by phenotypic but not genetic distance: A study with asexual water flea genotypes. Functional Ecology, https://doi.org/10.1111/1365-2435.14105

今回の田君の研究は、Paul Hebertさんが動物プランクトン群集を観察している中で考えた「二峰性競争仮説」を検証するもので、種内競争での競争排除圧が、Darwinが唱えたように遺伝的に近い個体間で大きくなるのではなく、遺伝的に近縁もしくは表現型が近似した個体間では小さくなることを示しました。進化的な時間と生態学的な時間では、競争結果の予測が異なること、遺伝的に近縁だから種間競争関係が強いというのは、生態学的な文脈では正しいとは限らないことを示すものです。

The degree of competitive exclusion between two genotypes of asexual water flea increased with increasing the genetic distance between these but was better explained by a unimodal pattern against the phenotypic similarity, suggesting that the two competing genotypes coexist for a longer period when they are phenotypically more similar or less similar (credit: Jotaro Urabe)

Paul Hebertさんは、DNAバーコーディングの推進者として有名ですが、もともとミジンコの分子系統専門家です(ちなみに、お弟子さんたちんの間で、彼をpolar bear (しろくま)呼んでいたのを思い出します)。Daphnia pulexはは汎世界的に分布していますが、欧州で記載された種です。北米にも形態的にDaphnia pulexと分類される種が分布していますが、Hebertさんは欧州産とは遺伝的に異なることを示しました。ですが、そのままDaphnia pulexとしています。日本に侵入したDaphnia pulexも遺伝的には北米産種です。そこで私達はMichel Lyncさんの勧めもあって、欧州産の種と区別するために、日本に侵入した北米産種をPanarctic Daphnia pulex (Colbourne 1998)または、Daphnia cf. pulex sensu Hebert (1995)と称するようにしています。

Hebertさんが昔考えた「二峰競争仮説」を、Hebertさんが記載した種(Daphnia cf. pulex sensu Hebert (1995))で、しかも日本で調べるとは、なんとも言えない縁です。

FEから、日本語での要旨も作成したらどうかと勧められたので、下記にそのまま収録します。

論文の要旨

  1. 種間競争の強さに近縁性がどのように影響するかは、生態学における長年の関心事である。Darwinの「近縁者競争仮説」は、近縁種ほど、生活要求環境が似ているはずなので、共存しにくくなるとし、Hebertの「二峰性競争仮説」では、競争する種が遺伝的に近い場合と遠い場合で競争排除が起こりにくくなると予測している。
  2. これらの仮説を検証するために、単一の祖先遺伝子型から分岐した絶対単為生殖型のミジンコ 4遺伝子型の間で競争実験を行い、競争の排除の程度と繁殖力・生存率などとの関係を実験的に調べた。
  3. 実験の結果、競合する遺伝子型のペアリングによって競争の結果が異なること、競合する遺伝子型が遺伝的に近いほど競合排除の度合いが低くなること示された。この結果は、「二峰性競争仮説」を部分的に支持するが、「近縁者競争仮説」は全く支持しない。さらに重要なことは、競合する遺伝子型間の遺伝的距離よりも、表現型の類似性のほうが競争排除の程度をより良く説明することが分かった。
  4. 繁殖と生残の生命表から、競争的に劣る遺伝子型は初期の繁殖率は高いが生存率が年齢とともに低下することが明らかになったが、これはおそらく捕食圧の高い環境で有利になるためであろう。
  5. これらの結果は、競争優位性は、個々の遺伝子型(あるいは種)が進化的に受けてきた選択圧に大きく依存すること、また、遺伝的類似性は生態学的時間スケールでの競争排除を予測する尺度として適切ではないことを示している。生物間の競争関係を予測するためには、単に遺伝的・系統的な関係を知るだけでなく、表現型の違いを理解することが不可欠である。