東北大震災後に仙台湾に設置された防潮堤。 (左)荒浜地区:海岸動物保全目的で基準法線より50mほど陸側に貫入して設置された場所。(右)山元地区:海浜が痩せており汀線地近くまで防潮堤がが迫っている(いずれも国交省仙台河川事務所公開写真より)。

東日本大震災は大きな津波災害を沿岸域にもたらした。その沿岸生態系への直接的な影響については多くの研究が行われてきたが、震災後に設置された防災設備など人間活動の沿岸生態系への影響については十分な評価調査が必要であるにも関わらず、研究課題として置き去りにされている。今回の震災が教訓となり、将来にわたって災害を防ぐため、三陸から仙台湾にかけて沿岸域では海岸線に沿って高さ7〜16mの長大な防潮堤が建設され、2018年にはほぼ完成した(図1)。我が国の海岸法では基準満潮時の陸側50mと干潮時の沖側50mの幅を海岸とし、特例を除いて、国や県などの海岸管理者はこの海岸法が定める海岸内で防潮堤を設置することが義務付けられている。このため、国土交通省や宮城県は海岸の保全や景観に配慮しつつもこの範囲内で防潮堤を設置せねばならない状況に迫られた。高さ7mの防潮堤設置にはその3〜4倍にあたる設置幅が必要であるため、防潮堤は砂浜海岸のほぼ半分、地形によってはほぼ80%を占める場合もある。防潮堤は後背市街地の防災には不可欠であるが、海岸生態系と陸域生態系を寸断する構造物でもある。問題は、海岸法の定める現在の海岸の定義には何ら景観的あるいは生態学的な根拠はない点である。将来温暖化による高潮や津波災害にあたって、防災設備と生態系保全を両立させることが必要であり、生態学的知見など十分な科学的根拠のもとでの法改正が必要になるだろう。

堤防の海浜生物への影響は、その海からの距離により異なるだろう。しかし、実証的研究は十分ではない。

海岸の砂浜生態系は砂浜と浜丘が一体となって成立しており、そこに生息する生物は海から打ち上げられるデブリス(海藻や生物遺骸)と後背林など陸域から供給される有機物(落葉や糞など)の双方を栄養源としている。海からのデブリスは陸域への栄養補償(trophic subsidy)と呼ばれ、トビムシやゴミムシなどの徘徊性動物が直接・間接的に摂食し陸方向へ栄養源として運ぶことで砂浜生態系が涵養される。この知見に沿えば、海からの栄養補償が及ぶ範囲が砂浜生態系ということになるだろう。一方、後背林など陸域の影響も見逃せない。もし、後背林からの有機物供給が防潮堤により寸断されれば、砂浜生態系の生物群集は極めて貧弱なものになるかもしれない。しかし、これら影響の空間スケールを具体的に調べた研究は皆無である。そこで本研究では、主に仙台湾の砂浜生態系を対象に、(1)陸方向への海起源有機物の涵養範囲、(2)陸起源有機物の生物多様性への影響、及び(3)防潮堤による物質移動の寸断影響を調べ、得られる成果を防災設備の空間デザインや将来の海岸用法改正のために必要な学術的基盤とする。