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【背景】

日本の湖沼には多くのミジンコ種が生息していますが、その中で和名ミジンコ(学名Daphnia pulex)は代表的な動物プランクトンで理科の教科書にも掲載されています。ミジンコは、1〜2週間で成長し、成熟すると普段は雌だけで子を産む単為生殖によって繁殖します。しかし、餌不足など環境が悪化すると雄を産んで有性生殖を行い、乾燥などにも耐えられる休眠卵を産卵します。このような、普段は単為生殖を行い環境が悪化すると有性生殖を行う生活環は、循環単為生殖と呼ばれています。

ミジンコの研究は世界的にも古く16世紀まで遡りますが、日本での研究も古く、日本に初めて進化論を紹介した旧東京帝国大学の石川千代松(初代上野動物園長)が1895年に東京浅草の水田でミジンコを採集し、当時の東京帝国大学教授のエドワード・モースに因んでDaphnia morseiと命名し記載しました。これは、日本に生息している生物はすべて日本特有の種であろうという当時の知識的背景によるものです。しかし、日本でも分類学が進展するにつれ、後の1926年、その種は北米や欧州にも広く分布しているDaphnia pulexであろうと京都帝国大学の上野益三博士により修正されました。

このようにDaphnia pulexは日本を含む北半球に広く分布していると長く考えられていました。しかし、近年、遺伝子情報を用いた解析からDaphnia pulexと称する生物は単独の種ではなく、少なくとも8種以上の種を含んでいることが判明しました。ところが、日本のミジンコはこのうちどの種類に相当するのか、あるいは日本固有種なのか、よくわかっていませんでした。そこで、占部城太郎教授、宋美加修士大学院生(平成25年当時)、牧野渡助教、大槻朝研究員らの研究チームは日本国内の300カ所以上に及ぶため池や湖で調査を行い(右図)、採集したミジンコのミトコンドリアDNAと核DNAの遺伝情報を解析しました。

【主な研究成果】

日本全域の池沼で採集されたミジンコのミトコンドリアDNAの塩基配列を調べたところ、4タイプのミトコンドリア遺伝子型が存在し、いずれも北米に生息するミジンコと良く似た塩基配列を持っていることがわかりました。そこで、核DNAについても解析したところ、それぞれのタイプのミトコンドリア遺伝子型にはたった1つの核遺伝子型しかないことが判明しました。また、すべての個体が、北米に産し、日本には生息していないDaphnia pulicaria(注1)という別のミジンコ種との雑種個体であることもわかりました。一般に、有性生殖を行っていれば、雄由来と雌由来のDNAを持つさまざまな組み合わせの核遺伝子型の個体がいるはずです。ミトコンドリア遺伝子型ごとにたった1つの核遺伝子型しか存在しないことは、日本に広く生息しているミジンコが有性生殖を行わない絶対単為生殖で、たった4個体に由来するクローン生物であることを示しています。実際、研究チームが飼育実験を行ったところ、飼育したすべてのミジンコについて、雄と交尾することなく休眠卵を産むことが確かめられました。

日本に生息している絶対単位生殖型のD. pulex(ミジンコ)は、オスを産む能力はあるが、メスはオスを必要としません。

 先行研究によれば、北米には突然変異で生じた有性生殖能力を失った絶対単為生殖型のミジンコが生息し、北米大陸で分布を広げていることがわかっています。絶対単為生殖型のミジンコは雄を産むことが出来、この雄が有性生殖を行う循環単為生殖型のミジンコと交尾すると1:1の頻度で絶対単為生殖ミジンコが生まれます。すなわち、有性生殖を行わない絶対単為生殖型の雌から産まれた雄が、有性生殖を行う絶対単為生殖型のミジンコを絶対単為生殖型へと変えていると考えられています。雌だけで繁殖する集団が、雄による遺伝形質の伝搬によって造られて行くのはなんとも皮肉です。

今回の研究で明らかとなった日本に生息しているミジンコは、遺伝的に北米産のミジンコと同じであること、いずれも絶対単為生殖型であり国内で有性生殖を行った形跡がみられないこと、本来日本には生息しない雑種であることから、固有の種ではなく北米からの帰化種、いわゆる外来種であると結論づけることが出来ます。

琵琶湖に出現した

Daphnia pulicaria



注1 ただし、1999年に琵琶湖に突如出現し、それ以後琵琶湖に生息しています。移入ルートは明らかではありませんが、D. pulicaria は人為的な活動に付随して侵入したと考えられます(当時の解説はこちら)(論文はこちら

 では、ミジンコはいつ日本にやってきたのでしょうか?その手がかりもミトコンドリアDNAに残されていました。どの生物も、DNAの塩基配列は非常に低い確率ですが、一定の割合で変異することが知られています。ミジンコのミトコンドリアDNAの場合、1世代あたり1塩基あたり18×10-8の確率で変異することが先行研究により確かめられています。今回明らかとなった日本に生息するミジンコの4タイプのミトコンドリア遺伝子型のうち、西日本で採集された2タイプには塩基配列に大きな変化はなく、ごく近年、日本に侵入してきた個体に由来すると考えられます。これらは、例えば外来魚の放流など人間活動に伴って侵入したのかも知れません。しかし、日本に広く分布していた残り2タイプにはミトコンドリアDNAの塩基配列にいくつか変異が認められました。調べた核遺伝子の配列には違いがなかったことから、ミトコンドリアDNAの塩基配列の変化は日本に侵入後に生じたと考えられます。そこで、ミジンコの世代数が1年あたり3〜10世代とし、ミトコンドリアDNAの塩基配列の変化頻度と変異確率から変異に要した時間を計算すると、700〜3000年であると推定されました。すなわち、日本に広く生息しているミジンコの多くは、700〜3000年前に日本に移入したたった2個体の直系子孫であると言う事ができます。

【研究の意義と展望】

1.ペリー提督が黒船を伴って日本に来たのは1853年ですが、その遥か前にたった2個体のミジンコがどうやって日本に侵入し、定着したのか大きな謎です。ミジンコの休眠卵は乾燥にも耐えられるので、例えば水鳥に付着して長距離を移動することが出来ます。しかし、そのように鳥の渡りに付随して移動したのであれば定期的な移動分散なので、もっと多くの、遺伝的に多様なミジンコ個体が日本に侵入していたはずです。

全国301カ所の湖やため池で採集を行い、青森から鹿児島に至35池沼から得られた201個体を解析に用いました。

2.絶対単為生殖型のミジンコは雄と交尾することなく休眠卵を造るので、突然の環境変化にも即応しやすく、有性生殖する種に比べて競争の上でも有利と考えられています。実際、アフリカ大陸では、100年前にブラックバスとともに北米から侵入した絶対単為生殖型のミジンコがアフリカ在来のミジンコ種を駆逐していることが報告されています。今回明らかとなった日本に生息しているミジンコはすべて絶対単為型でしたが、その日本への侵入によって在来種が駆逐されていたかも知れません。その可能性については、今後、池沼に堆積し埋土された過去に産卵された休眠卵を調べることで明らかにすることが出来る可能性があります。

3.絶対単為生殖型の生物は、交尾による遺伝子組み換えがないので、有害な突然変異が蓄積したり病気に感染しやすいなどの理由でいずれ絶滅すると考えられています。絶対単為生殖型のミジンコは、有害遺伝子の蓄積によりおよそ千年程度で集団としての寿命が尽きるという理論計算もあります。それにもかかわらず、絶対単為生殖型が多くの集団に広がり維持されるのは、雄がその繁殖様式を広げているからです。今回、日本のミジンコは絶対単為生殖型で数千年前に日本に侵入した個体に由来することが解りました。このことは同時に、一部の遺伝子型の集団は、集団としてほぼ寿命が近づいていることを示唆しています。絶対単為生殖のミジンコがいくら雄を産んでも、日本にはそれを受け入れる有性生殖を行うミジンコ(D. pulex)はいません。もし、新たな移入個体がなければ、ミジンコは日本からやがて消えてしまうことになるでしょう。

日本に生息している絶対単為生殖型のDaphnia pulex(ミジンコ: panarctid D. pulex)。単為生殖卵(左)だけでなく、休眠卵(右)も雄と交尾することなく産卵する。

以上のように、本研究の成果は、ミジンコをはじめとする日本の淡水生物の由来や成立に関するこれまでの見方に変更を迫るものです。また、水生生物の移入分の機能や遺伝的多様性と集団の存続など、進化生態学の重要な課題を紐生態学の重要な課題を紐解く手がかりを提供するものと言えます。