大槻朝さんを筆頭著者とする、日本に北米から侵入した絶対単為生殖型Daphnia. pulex (和名ミジンコ)(1)のJPN1系統とJPN2系統に関する論文が出版されました。
Ohtsuki, H., H. Norimatsu, T. Makino, J. Urabe. (2022) Invasions of an obligate asexual daphnid species support the nearly neutral theory. Scientific Reports, 12, Article number: 7305.
D. pulexですが、原記載の欧州産と形態的には識別できませんが、塩基配列に種レベル以上の違いがあるため、panarctic D. pulex(2, 3)と称しています。厳密には、D. pricariaからの遺伝子浸透(雑種)もあるため、D. cf. pulex sensu Hebert 1995(4)とするのが適切と考えていますが、長くなるので、以下、D. pulexとして記述します。日本では、D. pulicariaのmtDNAを持つ個体は近年限られた場所でしか見つかっていない(5)ので、その点からも、日本に生息しているpanactic D. pulexは外来種と言えます。
本論文では、日本で採集したJPN1〜4系統を含むD. pulexの21遺伝子型の核(135Mbp)とミトコンドリアの全塩基配列を解読しました。核の塩基配列はD. pulex核ゲノムの7割に相当します。このうち遺伝子型が複数あるJPN1とJPN2の塩基配列を詳しく解析したところ、系統内の核塩基配列の違いはJPN1のほうがJPN2よりも遥かに大きく、JPN1系統の誕生(直近系統からの分技)は500年前、JPN2系統の誕生は370年前と、JPN1系統のほうがJPN2系統にくらべて古いことがわかりました。もし、これら系統それぞれについて、1遺伝子型が日本に侵入し、それらから各系統が日本に定着し広がったのだとすれば、JPN1のほうが先に日本に侵入したことになります。この結果は、JPN2系統に比べてJPN1系統のほうが日本での分布が広い(1)ことからもうなずけます。
核ゲノムのうち、各系統内の遺伝子型間でコード領域の非同義置換数(dN)と同義置換数(dS)を調べその比(dN/dS)を計算したところ、JPN1のほうが全体の変異数は多いにもかかわらず、dN/dS比は小さいことが分かりました。これは、形質に関与している変異がJPN1では蓄積していないこと、つまり分布域が広く古い系統(JPN1)のほうが新しく分技した系統(JPN2)に比べて負の選択が進行していることを示しています。この結果は、多くの変異は弱有害であり、有効集団サイズが小さい(進化の初期)場合には浮動により集団に固定されるが、有効集団サイズが大きくなるにつれてやがて消えていく運命にあるとする太田朋子先生が約50年前に提唱した弱有害突然変異体仮説(6)(https://ja.wikipedia.org/wiki/分子進化のほぼ中立説)の予測を裏付けるものです。
有害な変異は個体が生き残らないことですぐに消滅しますが、ちょっとだけ有害(弱有害)な変異は環境(や種内・種間競争)が厳しくなければ、しばらくは集団に残る(固定される)と考えられます。つまり、日本に侵入初期は有効集団サイズも個体群も小さいので種内競争は激しくないため、ちょっと悪い変異でも集団に固定されます。しかし、定着し時間が経つにつれて分布を広げると、有効集団サイズ(変異の数)が大きくなり、個体数も多くなるので種内競争が激化します。この結果、負の選択が働き、ちょっとでも悪い変異をもつ個体は消滅していくことになります。JPN1系統とJPN2系統のdN/dSの違いは、そのようなシナリオを示していると考えられます。
1. So, M. et al. (2015). Invasion and molecular evolution of Daphnia pulex in Japan. Limnol. Oceanogr. 60, 1129–1138.
2. Colbourne, J. K. et al. (1998). Phylogenetics and evolution of a circumarctic species complex (Cladocera: Daphnia pulex). Biol. J. Linn.Soc. 65, 347–365.
3. Crease, T. J., Omilian, A. R., Costanzo, K. S. & Taylor, D. J. (2012). Transcontinental phylogeography of the Daphnia pulex species complex. PLoS ONE 7, e46620
4. Hebert, P. D. (1995). The Daphnia of North America: An Illustrated Fauna (on CD-ROM) (CyberNatural Software, Guelph, 1995).
5. Urabe, J., Ishida, S., Nishimoto, M., & Weider, L. J. (2003). Daphnia pulicaria, a zooplankton species that suddenly appeared in 1999 in the offshore zone of Lake Biwa. Limnology, 4(1), 0035-0041.
6. Ohta, T. (1973). Slightly deleterious mutant substitutions in evolution. Nature 246, 96–98.