少し前になりますが、鈴木碩通さんの論文成果をプレスリリースしました。
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/06/press20250612-01-Daphnia.html

発表論文
Suzuki, H., Y. Miyamoto, S. Takahashi, J. Urabe. (2025) Are brackish water copepods susceptible to neonicotinoid pesticides? An experimental assessment across different salinity levels. Ecotoxicology and Environmental Safety, 300: 118439.

研究室の鈴木碩通さんは、福井県里山里海湖研究所の宮本康さん、東北大学工学研究科の高橋真司さんと共同で、海水が混ざり合う汽水湖に生息する大型動物プランクトン「キスイヒゲナガミジンコ Sinocalanus tenellus(コペポーダ)」を対象に、塩分変化と殺虫剤農薬イミダクロプリドの影響を精密な飼育実験で調べました。その結果、この種は汽水域にすむにもかかわらず塩分変化に非常に敏感であることが分かりました。汽水湖では淡水と海水の混ざり具合によって塩分濃度が変化し、さらに海水は比重が重いため湖底に塩分成層が発達します。福井県・水月湖、島根県・宍道湖、宮城県・仙台沿岸干潟で採集したいずれの個体も、当初の予想に反し、塩分変化に対して脆弱でした。

温暖化に伴う海面上昇や高潮、流入河川渇水による海水流入は、汽水湖の塩分環境を大きく変化させます。海水は比重が重いため、湖底に長期間滞留しやすく、キスイヒゲナガミジンコを含むコペポーダは休眠卵が湖底に沈降するため、表層の塩分に変化がなくても底層が高塩分で覆われると、ふ化しても生存できず数年単位で個体群が減少する恐れがあります。水産資源が豊富な汽水湖では、温暖化にともなう高潮や渇水にそなえ、このような生物ごとの塩分耐性や変動への応答を把握しておくことが必要でしょう。

一方、これまでの推測に反し、キスイヒゲナガミジンコはイミダクロプリドにはほとんど影響を受けませんでした。イミダクロプリドは昆虫の神経系にあるニコチン性アセチルコリン受容体に強く結合して神経伝達系を阻害する殺虫剤ですが、キスイヒゲナガミジンコは昆虫とは系統学的に遠い分類群であり、受容体の構造や代謝酵素群の性質が異なるため、イミダクロプリドは作用しにくいのだと考えられます。 ただし、この結果はキスイヒゲナガミジンコはすべての農薬に対して耐性がある、ということを示しているわけではないことに注意が必要です。