J. Urabe Lab 出来事
この2年間、懸案となっていた表題の本がやっと出版されることになりました。温暖化など、この先地球環境の変化は不透明ですが、どのようなことが待ち受けているのか、予測する一つの方法は過去を知ることでしょう。よく「昔は良かった」とか「酷かった」と耳にしますが、本当にそうなのか、記録として残されている科学データがなかれば確かめようがありません。記憶力の悪い私には、ついつい「昔はこうだったから....」の議論に圧されてしまうのですが、少し落ち着いて考えると腑に落ちないこともしばしばです。だれも確かめることの出来ない過去なら、「言ったもん勝ち」になってしまいます。日本で定期的な生物調査や生態系のモニタリングが行われるようになったのは、多くの場合この30年程度です。殆どの生態系では高度経済成長期前後での生物群集や生態系の様子はよく判っていません。だから、生態系の保全云々では、どうしても博識な方々の言ったもん勝ちの世界になってしまいます。いくら記憶力が良くても、知っていることは極めて断片的です。そんなあやふやな記憶をもとに保全目標を設定するのは、科学としては最低です。しかし! 分子生態や地球化学の技術の進展はスバラしく、過去にどういう生物がどのように暮らしていたのか、かなり精度よく際限出来るようになってきました、とりあえず湖沼の話ですが。
明治時代くらいから現在までを近過去と定義し、その生物群集や生態系を記録として復元する方法をまとめたものが本書です。まだこのアプローチは萌芽の段階ですが、「言ったもん勝ち」を許さない研究者が増えてくれば、これから益々進展していく領域と期待しています。近過去を知れば、近未来に向けて生態学が何をすれば良いか見えてきます。進化の記述も可能になるし.... 。狭い領域、かなりマニアックな書籍と思わわれるかも知れませんが、生態系調査で実践出来る内容や生態系の保全へ向けた示唆に富む情報が多く含まれています。宣伝になりますが、水圏陸上問わず多くの専門家や研究者に役立つと思いますので、お手元に是非。
著者割引もあるので、興味のある方はご一報ください。
占部城太郎 編
ISBN 978-4-320-05735-7
判型 A5
ページ数 256ページ
本体価格 3,500円
生態系――そこに住む生物や自然要素――は,今だけでなく将来住む人とも共有すべき財産である。この生態系を望ましい形で残し保全目標を設定するために は,今だけの姿だけでなく,過去はどのような生息場所であったのか,そこにはどのような生物がいたのか,またその生物はなぜいなくなったのかを,知らなけ ればならない。このようなニーズに応えるため,本書ではモニタリングデータのない湖沼でも,近過去,すなわち人間活動の影響が最も顕在化した過去100年 間の生物群集と環境の変遷を調べる手法を,具体的な研究例と合わせて紹介する。本書は湖沼の専門家だけでなく,広く野外科学の研究者やコンサルタント,こ れから研究を始めようとする初学者を対象としている。湖底堆積物に残された生物・化学情報を抽出するための遺伝情報を利用した手法,安定同位体やシードバ ンクの活用など,湖沼研究を実践的に行うための実験のマニュアルとしても利用出来る内容となっている。
【目次】
第1章 堆積物サンプリング方法・処理方法
第2章 年代決定法―測定法の原理と年代決定の実際
第3章 炭素窒素安定同位体と有機化学分析による環境変化解析
第4章 重金属元素分析による環境変化の復元
第5章 光合成色素と遺骸による藻類群集の変遷
第6章 動物プランクトン遺骸の定量と群集復元
第7章 分子生物学的手法によるミジンコ群集の復元
第8章 橈脚類(ヒゲナガケンミジンコ)群集の復元
第9章 花粉分析による集水域植生の復元
第10章 生物標本を利用した湖沼生態系の復元
第11章 植生の再生に向けた土壌シードバンク調査
執筆者
加宣三千(愛媛大学)、兵藤不二夫(岡山大学)、加(槻木)玲美(松山大学)、大槻 朝(東北大学)、牧野 渡(東北大学)、佐々木尚子(京都府立大)、林竜馬(滋賀県立博物館)、仲澤剛史(台湾国立成功大学)、奥田 昇(地球研)、西廣 淳(東邦大学)
湖沼近過去調査法
ーより良い湖沼環境と保全目標設定のためにー
2014年12月18日木曜日