J. Urabe Lab 出来事
ちょっと遅い報告ですが、3月11日に本書が出版されました。生態学会東北地区会が企画し、東北地区をフィールドにしている25名の会員が分担して、東日本大震災後の沿岸域の生物群集や生態系の変化、防災設備整備にあたっての人間活動の影響など、学術的のみならず、自然を上手に利用しながら、あるいは基調な生物たちを保全しながら、どうすれば自然災害に備えられるか、いろいろなヒントが隠されていると思います。まだお読みでない方は、是非手に取って読んでみて下さい。なお、この書籍の出版に際して、3月20日に仙台市産業・情報センターでシンポジウムを開催しました。私たちの研究室からも、今年定年になった鈴木孝男さんに話をしてもらいました。常に現場で調査の陣頭指揮にたっていたので、迫力ある話を聞く事ができました。鈴木さんは、本書の中でレッドデータ種について報告しています。私も、鈴木さんと一緒に行っている研究の紹介をさせていただきました。
生態学会東北地区会 編
ISBN 978-4-8299-7104-8
判型 A5
ページ数 200ページ
本体価格 2,200円
本書の序文に書かせて頂いた文章を紹介します
はじめに
2011年3月11日のその時、私たち生態学研究者の多くは札幌で開催されていた生態学会第五八回大会に出席していました。生態学は多様な生物の生き方と生物間の相互作用、その環境との関わりを研究する分野です。対象範囲は広く、本書で紹介される沿岸域やそこにすむ生物が含まれています。したがって、もしあの日が生態学会大会日でなかったら、何人かは沿岸域で調査をしていたかもしれません。大きな地震や津波は、東北地域では数千年の周期で生じるといいます。とすれば、東北沿岸に本来生息している生物たちは、そのような自然攪乱
を経験してきた種ばかりのはずです。しかし、大きなコンクリート塊や鉄筋片など、人の手がつくり出した累々たるがれきは、これまで自然攪乱にはなかった影響を生物たちに及ぼしているかもしれません。震災直後、私たちは無力感を感じていました。大きな被害を前に、生物調査を行うことは社会の要請とかけ離れているように感じたからです。時が経つにつれ、野外調査をしていると声をかけられるようになりました。「今、沿岸の自然はどうなっているのか」「いったい自然は回復して来たのか」と。その素朴な疑問に、生態学研究者は励まされました。津波で被災した水田を調査していたとき、住民から「そういえば震災の年の夏は静かだった、カエルが鳴かなかったからだ。カエルの鳴き声を聞いて、ここの夏がこんなに賑やかだったのがわかった」という声を聞きました。この声は、私の心に強く残っています。
本書は、東北沿岸域をフィールドにしてきた生態学会の研究者による報告をまとめたものです。東日本大震災は、私たちの身の回りの自然にどのような影響を及ぼし、また及ぼしつつあるのでしょうか。この問題こそ、生態学が応えるべき課題です。本書で語られている内容の多くは、すでに学術論文として発表されたものですが、まだ研究途上のものもあります。学術論文は一般の目には触れませんし、途上だからといっていつまでも野帳だけにとどめておくわけにはいきません。そこで、生態学会東北地区会では生態学会会員による研究とその成果を多くの方々と共有するため、本書を企画し出版することにしました。自然や生物はものを言いません。その翻訳は生態学の研究者が担っています。人間社会は今後自然とどう向き合うか、まず生物から見た震災の意味を理解し、多くの方々と共有する必要があります。本書がその契機となることを願っています。
生態学会東北地区会長 占部城太郎
生態学が語る東日本大震災
ー生態学会東北地区会編ー
2016年4月20日水曜日